■ 近代日本の居住空間は、何を目指してきたのか?― 02 (三大水回り編)
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■ 画一的・均質的な標準仕様を生み出した近代日本の居住空間は、何を目指してつくられてきたのでしょうか?― 02 (三大水回り編)
今世紀初めに始まった”リノベーション現象”は、戦後60年が過ぎ、やっとやってきた日本の居住空間の”ポップカルチャー化(大衆化)現象”であり、不動産の”大衆解放運動”ではないかと思っています。戦後60年あまり、決して崩れることのなかった超保守的な不動産業界が作り上げた、全国一律の画一的、均質的な居住空間への拒絶反応が、自由に改装ができる中古物件と結びつき”リノベーション現象”として爆発、大衆に広がり始めているのです。
前回は、全国どこででも見られる画一的・均質的な標準仕様で作られた日本の居住空間は、何を克服しようとし、何を目指してつくられてきたのか、全体を概観してみました。今回は水回りにしぼってみてみましょう。
■概要 : 忌→快、湿式→乾式:三大水回り忌避空間の克服
水回りの居住空間化。湿式→乾式工法へ。忌避的空間を技術力により克服し、快適な居住空間化を達成。家の”主人=(家長)”が夫から妻へ。
日本の居住空間の近代化は、忌避空間であった水回り”キッチン”、”トイレ”、”お風呂”を技術力で克服し、快適な居住空間化することであったといっても過言ではありません。
多湿環境の中で、維持管理に大変苦労してきた水回りを、何とか快適な空間にしたいという国民全体の希望が、”湿式工法”から”乾式工法”へ、ひたすら製品、工法の開発を促進してきました。多湿環境の中での水回り空間の快適な空間化が国民全体の悲願であり、建築の近代化の大きな目的・目標でした。そして、それは、80年代中頃から90年代初め頃、ようやく成し遂げられたのです。
■忌避空間であった三大水回り空間の、快適な居住空間化
リノベーションに携わるようになり、昔の建物に出会うことが多くなりました。築30年以上昔の建物を見たとき、現在の暮らしと最もギャップを感じるところは、三つの水回り空間=便所、台所、風呂ではないでしょうか。これらの水回りをみると、もう昔の生活にはもどれないことがはっきりわかります。現在の住宅設備のなんと快適なことでしょう。昭和時代をさかのぼり、いつ頃このような快適な水回り空間が一般化したのかを調べてみました。簡単にこれらの歴史を振り返ってみましょう。
○近代以前
日本では長い間、自給自足、地産地消、リサイクルが基本の生活が営まれていました。日常生活は、身近な環境にあるものを利用するしかなかったのです。当然ながら建築も、木・紙・藁・竹・土などの身近な環境に存在する自然素材で作られていました。
高温多湿な日本において、このような、腐りやすく、燃えやすい、木・紙・藁・竹・土などでできている建物を、”雨や湿気”、そして、”火”からどのように守るのかが永遠の課題でした。これら、建物を土台から傷める”水”、そして多くの人命を奪う火事を引き起こす”火”を扱う部分は、誰しもが特別な注意を必要とする場所として認識させなければならない空間、つまり、忌避空間とされました。
基本的に、建物を傷める”水”そして”火”を扱う風呂、台所、便所の三つの水回り部分は、母屋とは切り離され別棟としたり、北側の土間としたり、裏方の隅に配置する暮らし方が普通でした。つまり、三つの水回りは居住空間ではなかったのです。このような状態だったのですから、家庭を支える主婦=女性の仕事がいかに重労働だったのかが想像できますね。
○近代以後
近代に入り、鉄、ガラス、コンクリート、という近代建築三大素材が現れました。これにより、不燃化、耐震化、高層化を実現し、高密度都市住宅を可能にしましたが、防水・結露防止等湿気対策とあわせ三大水回りが簡単に快適空間となったわけではありません。そこには建築に関わる多くの人々の絶え間なき努力による技術・工法・製品開発がありました。日本では、近代建築であっても、建物全体に関わる”雨”と”湿気”、そして、生活に関わる”水”にどのように対応してゆくのかが(今でも)課題でありつづけています。その永きにわたる格闘の末の三大水回り空間の快適化だったのです。
(“雨”と”湿気”に関してはまだまだ格闘が続いていきます。)
それは女性のためだったといってもよいでしょう。重労働にしいられていた女性たちにとって、快適化された水回り空間で、家族に囲まれ、楽しく、効率的に家事をこなす、スタイリッシュな生活が”夢のライフスタイル”でした。誰しもが望んだこの”夢”の実現のため、近代建築は、(家電などと同様に)新素材を活用した新製品・新工法の開発に邁進していきました。その結果、快適な居住空間化することに成功し、”夢のライフスタイル”を実現したのです。それでは、個別に過程を見ていきましょう。
○三つの水回り空間の変遷 Ⅰ.トイレ、Ⅱ.キッチン、Ⅲ.お風呂
Ⅰ.トイレ
1956年(S31)日本住宅公団が洋式便器を採用します。1964年(S39)東京オリンピックを期に徐々に広がり、洋式便器が和式便器を上回るのは、1977年(S52)のことになります。1980年(S55)には温水洗浄便座が発売、1993年(H05)タンクレストイレが発売されました。
簡単に振り返ると、70年代に洋式化、80年代に快適化、90年代にインテリア化(=デザイン化)が成し遂げられたといえそうです。トイレが快適な居住空間化されたのは、狭苦しい半畳広さのトイレがなくなり、温水洗浄便座が普及、デザインにまで意識されるようになった80年代頃からでしょう。
Ⅱ.キッチン
近代建築としてのキッチン設備も、大変な苦労の上に様々な問題を克服していっています。洋式便器と同様、1956年(S31)日本住宅公団がステンレスキッチンを採用。2年後の1958年(S33)公団住宅用換気扇が採用されます。それまでは、キッチンコンロ部分に換気扇がなく、窓を開けて排気していました。1973年(S48)システムキッチンが発売、次の年にレンジフードファンができます。しかし、シロッコファンの深型レンジフードが完成するのは10年後の1983年(S58)まで待たなければなりませんでした。ここでやっと、キッチンコンロの排気ダクト化が実現し、アイランド型など、キッチンの位置を比較的自由にレイアウトできるようになったのです。
簡単に振り返ると、50年代後半から、人大研ぎ出しシンクから夢のようなステンレスキッチンへ、換気扇の採用、70年代にシステムキッチン化、80年代にシロッコファンの深型レンジフード化、といえそうです。キッチンが快適な居住空間化されたのは、システムキッチン+シロッコファンのセットが揃った80年代頃からでしょう。
Ⅲ.お風呂
お風呂は防水問題が常につきまといます。近代建築として、都市型集合住宅が成立するには、どうしても防水問題を克服しなければなりません。信頼性の高い防水と現場組立ができる乾式工法が両立した工業製品であるユニットバスがどうしても必要でした。
1964年(S39)東京オリンピックの開催に合わせ、ホテルニューオータニに世界初のユニットバスが納入されました。しかし、まだ一般の住宅では、木の浴槽からFRPやステンレスの浴槽に変わった程度でした。1966年(S41)に集合住宅用ユニットバスが発売され、約10年後の1977年(S52) 戸建用ユニットバスが発売されます。70年代後半の賃貸マンションを見てみると、多くのマンションが、まだタイル+ポリ浴槽+バランス釜という組み合わせです。一般的な居住空間がユニットバス化していくのは、80年代中頃から90年代初め頃でしょうか。
簡単に振り返ると、60年代ユニットバス化の始まり、木の浴槽から新素材の浴槽へ、80~90年代にやっとユニットバスが一般化し、快適な居住空間化されたといえそうです。今では、木造住宅の2階であってもユニットバスであれば特に問題はなく設置できる時代になりました。
■ トイレ、キッチンと近代化が成し遂げられ、最後にお風呂が乾式化=ユニット化された時点で、三大水回り忌避空間は”快適な居住空間”へと変貌し、近代建築の目標の一つが達成されました。
基本的な機能を確立した三大水回り空間は、その後、生活をささえる裏方機能から、徐々に住空間の主役となっていきます。”主婦=女性=消費者”は家族の中心そして”家”の主役になっていったのです。そして、”主婦=女性”にとって、家事からの解放、つまり”家”からの解放が、(女性たちが望んだ)近代社会の目標、悲願でもありました。
水回り空間の居住空間化が成し遂げられた後、水回り空間のデザイン化(プロダクト化・インテリア化)が始まりました。今や、水回り住宅設備機器は記号化されるようにもなっています。例えば、見ただけでは用途が不明な空間に、オブジェのようなタンクレストイレが置かれた瞬間、この空間は”トイレ”である事が認識されます。このように、この空間が何か?を表す記号的役割を示すようになりました。それほどまでに、デザイン性が向上しています。
近代建築は、忌避されていた三つの水回り空間を技術力で制圧、快適な居住空間化するという悲願を達成しました。それは、裏方で重労働に強いられてきた女性の”家”の中の主役化、家事からの解放と社会進出、女性の社会的地位向上につながったのです。
現在、人口構成の変化により、子育てと介護が社会問題化しています。水回りは技術力で制圧できましたが、子育てと介護問題の解決は、技術力の問題もありますが、人が作る社会システムの問題のほうがより大きいですね。住空間では新たな課題が出てきています。
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→ ■ 近代日本の居住空間は、何を目指してきたのか?- 01 (概観)
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