福岡ビンテージビルカレッジ
第2回「オフィス文化から生まれるビンテージ」 ― ご報告と私の感想
タイトル:「ジャンクオフィスで働こう」 ~働き方をシフトしていく古いようで新しいオフィス事例紹介~
講師: 中島ヒロシ氏(株式会社アドアルファ 代表取締役)
○ 中島さんは「わたしはオフィスで働いたことがないんです。」こうおっしゃいました(笑)。なぜ、既成のオフィスとは異なる、自由な発想で、クリエイティブ空間”ジャンクオフィス”という仕事空間を多数創作されてきたのか、やっと判明しました(笑)。これからの新しい時代に適した仕事空間は、近代以降、それなりの歴史を積んできたオフィス空間が追求してきた機能性・合理性のみにとらわれない、新しい感覚・感性が必要だったのです。
○ “100社、100様”
ちょっと驚きました。数多くのオフィスをデザインされてきた中島さんならではの言葉なのですが、オフィスといえば、機能性と経済性が優先される無機質な空間以上のものは必要とされないことが多いので、だいたいどこも似たり寄ったりな空間というイメージがあっただけに、”個性”を表すようなこの言葉は意外に思えたのです。
考えてみれば、中島さんにオフィスデザインをお願いするということは、そもそも、どこにでもあるような空間ではない我が社ならではの空間を求めているわけですから当然かもしれません。これだけを見ても、仕事空間に何を求める時代になってきているのかを垣間見ることができます。
■ オフィス空間と居住空間の変遷
居住空間とオフィス空間が目指してきたものは何か?
○ オフィス空間の進化
近代が始まり、第一次、第二次、第三次産業へと移行してゆく中で、急激な都市化とともに”オフィスビル”が次々と立ち上がり、都市の風景を構成する中心的施となっていきました。独自の進化を遂げてゆく近代都市の象徴”オフィスビル”。その行き着く先のゴールが”インテリジェントオフィス”です。
○ “オフィスビル”は、何を目指し進化してきたのでしょうか?
機能的、合理的に物事を考えるのが近代=モダニズムの考え方です。仕事する空間は、どれだけ無駄なものを省いて効率的に仕事を進めることができるのかを、ひたすら突き詰めていきました。そこで出てきたオフィス空間のイメージが、”均質空間”です。数学で学んだX、Y、Z軸のグラフの中の同質で無限に続くかのようなマトリックス空間がそれです。理想は、室内はオフィスレイアウトの妨げとなる柱がない”無柱空間”で、外観は構造的な壁がない”カーテンウォール”といわれる透明スクリーンがイメージの全面ガラス張り、このような仕様のオフィスビルが次々と出現しました。程なくオフィスビルは高さを競うようになり、雲を突き抜け天に届くかのような”スカイスクレイパー(摩天楼)”が近代都市の富の象徴となっていきました。(これは未だに変わっていませんね)
このイメージを現実可能にしたのが、風力や地震力などの外力から建物を守る”構造”。そして、上下階に効率的に人々を搬送するエレベーター、ライフラインの給排水設備、仕事環境を整える空調・照明設備などの”建築設備”です。
国の経済力が上がり続ける右肩上がり時代、止まらぬ需要が建築技術の絶え間ない進化とスペックアップを推し進め、オフィスビルのレベルも上がり続けました。そのゴールが”インテリジェントオフィス”です。
○ 居住空間の進化
それに対して、居住空間は、狭さ克服のための空間の効率的利用、そして、主婦の負担が大きい家事を手助けする住設機器の開発と機能性向上が追求されていきました。それには、生活を支える最も基本的な部分、日本家屋の弱点であり、主婦を悩まし続けてきた三大水回り忌避空間の克服がどうしても必要でした。それは、住宅の隅に追いやってきた、つまり、主婦を隅に追いやってきた台所・風呂・便所を快適空間に改善し、キッチン・バス・レストルームを主役に、つまり、家の主役を主婦にしてゆくことです。
80年代中頃、ステンレスシステムキッチン、ユニットバス、ウォシュレット付トイレが広く普及し出し、忌避空間であった水回り空間が、悲願である快適な居住空間へと変貌し、ついには、オブジェ化した住設機器は主役ともなりうる地位に至ったのです。同時に省エネ技術も時代を経るごとにスペックアップし、すきま風もなく、結露も少ない快適居住空間が完成しました。
○ スタイルの登場
建築文化は、経済力が右肩上がりに大きくなるに伴い、モダニズムからポストモダンへと移行し、様々な提案、実験が試みられる中で、いくつかスタイルが出てきました。しかし、それはあくまでもプロが提案する上からの提示でした。(建築界ではポストモダニズムなどと言われていましたが、振り返ると社会はいまだモダニズムのままだったんではないでしょうか?)
右肩上がり時代が終わり、今世紀に入った頃、一時の熱狂から我に返った日本では、技術面で完成されたそれぞれの空間が、共通のスタイルを目指すような動きが出てきました。一つは”モダンスタイル”もう一つが”カフェスタイル”です。これは、大衆文化=ポップカルチャーが広く浸透し成熟した結果、泡のように湧き出てきたもののように感じられます。
“モダンスタイル”は簡単に言えば”カッコイイ”空間です。それに対し、”カフェスタイル”は”カワイイ”空間というイメージでしょうか?つまり、機能性、合理性を追求したものが良いものであるというモダニズムの時代から、完成された技術空間はそこそこでいいから、もっと雰囲気やスタイルを大事にしたいという、リ・イマジネーションの時代に移り変わったのです。
○ “モダンスタイル”はいろいろなテイストと結びつき、”シンプルモダン”、”和モダン”、”レトロモダン”、”ミニマムモダン”など、様々な言葉が生まれ、一般化するほど身近なスタイルとなりました。これは、建築も含めたデザイン分野における近代のプロジェクト、デザインの力で生活を豊かにしていこうという正統的な流れの中で生まれたモダンデザインが別のイメージ=感性と結びつくことによって成立しています。「機能主義、幾何学的無装飾主義、物質主義」+イメージ、それぞれテイストは違えども、総じてシンプルで”カッコイイ”空間を目指しています。
○ 一方”カフェスタイル”は、大衆文化から出てきたスタイルです。先ほどあげた近代デザインの目標は達成され、デザインは大衆文化に充分浸透しました。都市の文化も充分に成熟し、ここちよい時間を過ごせるカフェ空間こそが目的となるような社会になってきました。日本では、独自の進化を遂げている大衆文化、得体の知れない怪物のような言葉である”カワイイ”が登場し、一気に世の中の雰囲気を変えてしまったのです。どんな崇高な論理でデザインしたとしても、”カワイイ”の一言で、崇高なる論理がマンガの吹き出しのようになってしまい、無効化までは言わないまでも、そんな難いこといいじゃん、かわいいんだから、みたいになってしまいます。
そんなカフェスタイルが、多くの人々の心をつかみ、居住空間のみならず、仕事空間、商業空間、遊び空間、公共空間など、あらゆるところに浸食していきました。(あらゆる分野の社会全体に浸食し、飲み込んでいっています。)
○ ブランドからスタイルへ。
ひとまず完成された技術空間が標準となった社会で、他と差がつかなくなってくると、雰囲気で差をつけていこうという流れが出てきました。それが、”スタイル”です。上下を表現した昭和後期に流行った”ブランド”から、個性を表す”スタイル”への移行です。のちほど出てくる”ニュータイプ”が求める居心地とは、この”スタイル”ではないかと思っています。
新しい文化とは、前の世代の踏襲では満足できず、とりあえず拒否し、自分たちの世代”ならでは”の感覚、価値観を作っていくことで進んでいくようです。
■ ストック文化はブラックボックス度数が価値を決める一つの指標
○ 用途転用
モダニズムが始まりインターナショナルスタイルで行き詰まった建築界は、ポストモダニズムへ移行していきました。建築を機械にたとえ、一つの空間に一つの機能という発想が、世の中をリードしてゆく近代人にとってふさわしい建築であるといった時代から、徐々に別の試みが起きてきました。
これは、やはり、ストック文化が伝統的な慣習である西洋文化からです。古い倉庫をギャラリーにしたり、古い教会をバーやディスコにしたり、既存空間を、本来の目的とは異なる機能で、使い始めたのです。一つの行為や目的に適した一つの”らしい空間”に飽き、一つの行為や当初の目的とは異なる使い方が新鮮に、刺激的に、ファッション的に受け入れられ始めたのです。つまり、”らしい空間”に対する”用途の転用”です。
これは、ストック時代の古い建物活用方の一手法”コンバージョン”といわれているものです。これもこれからの時代は一般化する概念です。雰囲気ある空間をいかに転用=コンバージョンし、活かしてゆくのか、”らしい空間”をいかに”用途転用”するのかがおもしろいところです。中島さんのオフィス例でもいくつもそういった事例がありました。
このような用途転用現象の特徴的魅力を中島さんは”ブラックボックス”と名付けていました。次に、このブラックボックスについて考えてみます。
○ “ブラックボックス度数”
中島さんは、管理がしっかりしているが故、画一的な仕様で制約の多い新築物件から出てくるもの(=イメージ)はあまりない。しかし、古い物件からは何が出てくるかわからない。時に予想もしなかった大きなもの(=イメージ)が出てくることもある、ということを、古い物件は”ブラックボックス”である、と表現しました。この表現は、ビンテージ文化を的確にわかりやすく表現していると感じました。これは、ビンテージ的価値とは何かを理論付ける一つの指標となりそうです。つまり、”ブラックボックス度数”。何が出てくるのかは分からないが、何かが出てきそうだと期待できる度数のことです。これは、新築物件とは明らかに違います。
思い返してみれば、私がリノベーションしたくなる部屋・建物は、この”ブラックボックス度数”が高い物件でした。中島さんは、この感覚を経験から感じ取り理論化していたのです。リノベーションやコンバージョンなど、ストックビルの活用方法方は様々ですが、このブラックボックス度数は有効に価値を定義できるかもしれません。
■ “ニュータイプ”の求めるライフスタイル
○ “ここち”
近代=モダニズムの行き着く先=ゴールとは、バブルであり、オフィスビルで言えばインテリジェントビル、住居ではタワーマンション(?)のように思います。
ゴールに至った近代=モダニズムの次の新時代、ポスト(アフター?)モダニズムに移行していく転換期の中で、いろいろなところで今までの考え方が変化してきています。
先ほど提示しました”ブランド”から”スタイル”への変化のように、価値観の変化にともない、ライフスタイル、そして、ワーキングスタイルも変わってきました。それらをリードしているのが、バブル期を知らない若者達=”ニュータイプ”のみなさんです。
彼らが居住空間、オフィス空間に求めるものも以前とは異なり、昭和時代が求めたそれぞれの空間の居心地は、新時代の”ここち”となっているようです。それは、自分が自分で居られる戯れ空間のようです。
○ ワークライフバランス
仕事空間と居住空間が、ある時、共通のスタイルを目指すようになったこと、パソコン、インターネットなどで仕事に場所性がなくなってきたことで、必ずしも仕事をする空間が”らしい空間”ではなくてもよくなってきました。また、仕事内容によっては、どこででも仕事ができるので、仕事空間に求めるものも変化してきています。
理想とする生活は、適度なワークライフバランスで、それぞれの空間がここちよく、それぞれが尊重しあう自立した個人が集まって、社会に貢献しつつ利益を上げていくような、個人的にも、社会的にもやりがいのある仕事。それは、右肩上がりの時代とは異なります。それは、中島さんのお話の中に出てきた”余白”に対する価値観にも表れているようです。
○ 余白
生活空間と仕事空間の融合 曖昧な中間領域 余白の活用
モダニズムの世界の機能性・合理性を追求していく文化は、余白を消し去る文化でした。しかし、余白に機能、効用があることをもともと人間は知っていたし、重要なことも常識的になってきました。仕事空間においても、余白のデザインがいかにうまくできているのかが、仕事の効率に関係があるようなことも認識されてきているようです。一見無駄なように感じる余白を作り出し仕事空間の快適性をあげるデザインが中島さんのオフィスには多々ありました。
余白とは、余裕や豊かさの指標、つまり、理想とする生活に最も必要な価値あるものだったようです。
■ 最後に
立地がよい昔の建物
建物が建ち始めるのは、立地条件がよいところからになります。古い建物が立地条件がよいところ建ってことが多いのは、そのような理由があったからでした。ビンテージビル文化がうまく機能していく社会が実現したとすると、立地のよい古い建物でブラックボックス度数が高ければ、その建物は大変価値のある物件となります。新築ビルの価値、ビンテージビルの価値、価値指標は一つではなくなりそうです。
○ ジャンクとは何か
中島さんのお話しをお伺いしていて、”ジャンクオフィス”の”ジャンク”の意味がおぼろげながら分かってきました。インテリジェントビルの数学の中の空間のような”均質空間”が、人を寄せつけない、素材感もない、無味乾燥空間なのに対し、”ジャンク空間”とは、普遍性がなく、めちゃくちゃ人間くさい、手のあとがいたる所に残る、素材感あふれる、そこにしかない、であってここちのよい空間のことだったのです。
それを繊細なる感性で評価し価値を与え、文化としているのが”ニュータイプ”の皆さんではないでしょうか?
イメージを求める時代、大切なものや、価値あるものがなんなのかが自分を表すような社会になってきました。企業イメージも同様に、スタイルが企業理念と結びつくようになってきたようです。
仕事空間であるオフィス空間も、多様な個性空間へとますます進化していきそうです。
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福岡ビンテージビルカレッジ :http://www.space-r.net/bunkasai/college
第2回 オフィス文化から生まれるビンテージ / 2013年1月19日(土)
タイトル:「ジャンクオフィスで働こう」 ~働き方をシフトしていく古いようで新しいオフィス事例紹介~
講師: 中島ヒロシ氏(株式会社アドアルファ 代表取締役)
【略歴】
オフィスプランナーとして誰にも雇われないまま26歳で独立。会社の「当たり前」を知らないまま失敗を繰り返しながらも独自のシゴト感で32歳で法人化。お客様のオフィスづくりが自分の会社づくりに。
【活動紹介】
福岡を中心に全国のオフィスづくりのお手伝いをしています。オフィス内で起る様々なシーンを演出するべくレイアウトには並々ならぬ こだわりをもっており、今までの500社以上のレイアウトを手がけてきたノウハウを強みにICTを用いた近年の働き方とのバランスを保ちながら日々新しい ワークスタイルを研究開発しています。
また、CPM(CampanyPromotionMIX)という概念でオフィスをもっと効果的に経営に活か してもらえるような「発信」のお手伝いを「MOFF!」というWEBサイト・紙媒体をを使った広告やオフィス事例紹介としてターゲットを絞ったセミナー開 催など、現段階も 試行錯誤を繰り返しています。
主催:NPO法人 福岡ビルストック研究会/(株)スペースRデザイン/吉原住宅(有)
コーディネーター
吉原勝己氏(吉原住宅(有)代表取締役)/信濃康博(信濃設計研究所所長)
場所:山王マンション/1F
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第1回 私のVINTAGE LIFE / 2012年12月16日(日)
第2回 オフィス文化から生まれるビンテージ / 2013年1月19日(土)
次回
第3回 食文化から生まれるビンテージ / 2013年2月2日(土)
第4回 京都のビンテージが生みだす都市再生 / 2013年3月9日(土)
こちらもご覧ください
>>福岡ビンテージビルカレッジ / 第1回 「私のVINTAGE LIFE」 ― ご報告と私の感想
>>福岡ビンテージビルカレッジ / 第2回 「オフィス文化から生まれるビンテージ」 ― ご報告と私の感想
>>福岡ビンテージビルカレッジ / 第3回 「食文化から生まれるビンテージ」 ― ご報告と私の感想